南外山城 | 堀尾孫助の居城で小牧長久手合戦で再利用されたお城




南外山城 | 堀尾孫助の居城で小牧長久手合戦で再利用されたお城

南外山城

 

 

愛知県小牧市の南外山城(みなみとやまじょう)跡は、堀尾孫助の居城と伝わり、廃城後、天正十二年(1584)年の小牧長久手合戦で再利用されたお城です。

 

 

 

 

 

歴史

 

南外山城の城主は、堀尾孫助という人です。

 

 

またお城があった時期ですが、戦国時代よりかなり以前の1300年代くらいの事。

 

 

なぜかというと、次の2つの事から推測できるからです。

 

 

まず南外山城跡のすぐ近くにある妙蔵寺の記録に文保二年(1318)に熱田・本遠寺の僧侶・日澄が、この地にやってきて妙蔵寺を創建、その時に八幡社を勧進したという記録があります。

 

 

また張州府志、尾張志共に城主を堀尾孫助とし、正中年間(1324〜26)には廃城になっていたみたいな記載があります。

 

 

ただ詳細は分かっておらず、この頃にはすでにお城は廃城になっていたのでしょう。

 

 

あと城主の堀尾孫助についてもよくわかっていませんが、後に松江城二十四万石の藩主となった堀尾茂助の同族ではないかといわれています。

 

 

廃城後、数百年経った天正十二年(1584)年に起こった小牧長久手合戦で、徳川・織田連合軍の砦として再利用されたという話も残っています。

 

 

ということは、廃城になった後も軍事拠点としての遺構が何かしら残っていたのではと思います。

 

 

 

 

 

感想

 

かつての南外山城は、現在八幡社という神社になっています。

 

 

小牧長久手合戦で砦として再利用されたらしく、平成元年くらいまでは、神社の北側に堀跡らしき遺構があったとのことですが、現在ではそれも確認できませんでした。

 

 

ただ神社の境内の中に小さいですが南外山城を示す石碑が建っていました。

 

 

しかしいつ建てられたものか分からず、つい見落としてしまいそうな程、古いものでした。

 

 

・所在地  小牧市南外山421

 

・立地  平城

 

・築城時期  ?

 

・築城者  堀尾孫助

 

・主な城主  堀尾孫助

 

・現状  八幡社

 

地図


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