安城古城 | 安祥城を築いたといわれる和田氏の館跡




安城古城 | 安祥城を築いたといわれる和田氏の館跡

 

 

愛知県安城市の安城古城は、後に安祥城を築いたといわれる和田氏の館跡です。

 

 

 

 

 

歴史

 

平安時代、この地には志貴荘(しきのしょう)という、荘園があったといわれ、鎌倉時代には地頭の館が置かれ、安藤氏が居館としました。ちなみに館時代の主として、多門氏、酒井氏の名前もあります。

 

 

室町時代になると、和田氏・五代の本拠地となり、永享十年(1438)の永享の乱後に和田氏が安祥城を築城して移ったため、廃城になったといわれています。

 

 

その後、天文九年(1540)に尾張の織田氏が安祥城を攻めた時、松平軍はこの地に兵を入れて、砦として戦ったともいわれています。

 

 

 

 

 

感想

 

安城町社口堂にある児童公園の片隅に、安城古城の看板と祠があります。現在残っているのは、ほんの一部でかつてはもっと大規模なものだったのでしょうね。入り口に看板もありました。

 

 

私の感想ですが、この地は昔から交通の要所で重要な地だったと思います。

 

 

なぜかというと、和田氏の居館があった時代の後の安祥城合戦でも、砦として利用されているからです。

 

 

また安城市教育委員会の案内看板によると、この地は舌状台地の端に位置しているとの事。

 

 

つまり平地ばかりの安城市において、もしかするとこの地は川に挟まれた要害の地だったのかもしれません。

 

 

今では開発が進み、周辺は名鉄西尾線の線路や住宅地が広がっていますが、かつてはどんな地形だったのかという事に想いを馳せてみるのも面白いですね。

 

 

 

 

 


よく見ると周辺よりこれだけ高くなっています。この高低差も安城古城を偲ぶものですね。

 

 

所在地  安城市安城町社口堂

 

立地  平城

 

築城時期 ?

 

築城者 ?

 

主な城主 多門氏、酒井氏、安藤氏、和田氏、松平氏

 

現状  公園・宅地

 

地図


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