龍泉寺城 | 信長の弟・織田信行の居城




龍泉寺城 | 信長の弟・織田信行の居城

 

 

名古屋市守山区の龍泉寺(りゅうせんじ)城は、織田信長の弟・信行の居城であり、小牧・長久手合戦でも砦として利用されました。竜泉寺と表記されることもあります。

 

 

 

歴史

 

まずこの地には、延暦年間(782〜806)に創建された龍泉寺というお寺があり、戦国時代にお城が築かれました。

 

 

普通、お城が廃城になってから、お寺が建てられたりする例は多いのですが、龍泉寺城はお寺が先で、後にお城が築かれています。これを裏付ける様に信長公記にも【信長の弟信行は、龍泉寺を城に改造した】という様な記述があります。

 

 

これが弘治二年(1556)のこと。

 

 

翌年の弘治三年(1557)に信行は清州城で亡くなってしまいその後、一度廃城となりました。

 

 

 

 

 

でも砦として復活

時は流れて天正十二年(1584)の小牧・長久手の合戦で、龍泉寺城は砦として戦国史に名を残します。

 

 

小牧山に織田・徳川連合軍、楽田城(犬山市)に羽柴秀吉が陣を敷き、しばらく両軍がにらみ合っていました。

 

 

この時、池田恒興・森長可の別働隊が岡崎城を攻撃しようと三河に向かい出発しましたが、家康に気付かれて岩崎城が落城した後に攻撃されてしまいます。

 

 

恒興たちが家康に攻撃されていることを知った秀吉は、急ぎ軍をまとめ、長久手方面に救援に向かいましたが、家康は恒興ら羽柴別働隊を壊滅させた後、すばやく軍をまとめ小幡城(西区)に入ってしまいます。

 

 

それに対して秀吉は龍泉寺城に留まります。竜泉寺城から小幡城まで約1.8q程で、まさに目と鼻の先です。

 

 

さらに秀吉は防御に備え、一夜のうちに堀を掘り、翌日家康と決戦すべく、小幡城へ忍びのものを使わしましたが、家康もさるもの、秀吉との決戦を避けすでに小牧山本陣へ引き上げていました。

 

 

その後、龍泉寺はもとのお寺となり、現在に至ります。

 

 

 

 

 

感想

 

尾張四観音のひとつとして知られる龍泉寺がお城跡でした。

 

 

普通、お城跡にお寺が建立されたりしますが、竜泉寺城の場合、お寺の方が先に建てられていました。つまり秀吉は、現役のお寺に陣を張ったのです。

 

 

本堂裏にはコンクリ−ト製の模擬天守があり、中は観光用の宝物収納庫でした。入場料200円也。少し勇気を出して、斜面になっている竹やぶに入っていくと、中には堀跡と合戦時の一夜堀の石柱がありました。

 

 

庭園もあり、なぜか夏でも紅葉…一打10円の幸せの鐘もあり、色々な意味で楽しめるお寺です。

 

 

 

 

 

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まずは龍泉寺の石碑。尾張四観音のひとつで、最近では恵方巻の時にピックアップされますね。

 

 

 

 

 

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1打10円で鐘を撞く事ができます。

 

 

 

 

 

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龍泉寺の中にお城が?!

 

 

と思ったら宝物館でした。

 

 

中には円空仏のほか、龍泉寺の歴史にまつわるものが展示してあります。宝物館と庭園、そして展望台は有料で、入場料を払えば共通で見学できます。

 

 

私の感想ですが、この宝物館を含む有料ゾーンは入館しておく方が良いと思いました。

 

 

その理由は、料金の割に楽しめるからです。

 

  • 大人¥100
  • 中学生以下¥50
  • 小学生以下¥30

 

 

 

 

 


こちらは庭園。夏でも紅葉なのはなぜ?

 

 

 

 

 


周辺を散策してみると、土塁?を思わせる場所もありました。あと堀跡みたいな窪みも。

 

 

 

 

 

 


そして展望台も宝物館の入場料で入る事ができます。展望台からは周辺の景色を眺める事ができ、かつて龍泉寺城だったころもきっと物見櫓みたいなものがあって、周辺を監視していたのでしょうね。

 

 

今では近代的な建物ばかりですが、地形は戦国時代とあまり変わっていない様な気もします。

 

 

・所在地  守山区竜泉寺

 

・立地  平山城

 

・築城時期  弘治三年(1557)

 

・築城者  織田信行(信勝)

 

・主な城主  織田信行(信勝)

 

・現状  龍泉寺

 

地図

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