一色城 | 応仁の乱の頃まで知多半島南部を支配していた一色氏の居城
愛知県南知多町にあった一色城は、応仁の乱の頃まで知多半島南部を支配していた一色氏の居城です。
歴史
一色城の歴史は謎が多く、一説には三河吉良荘から知多へ進出した一色範氏が築いたといわれています。
一色氏がこの地に勢力を持っていたのは応仁の乱の始まり頃までで、次第に家臣の佐治氏に圧迫され、衰退して行きました。
廃城の時期についてはよく分かりませんが、天正年間(1573〜93)には一色城の場所に泉蔵院が建立されていたそうなので、この頃にはすでに廃城になっていたのでしょう。
感想
一色城は知多新四国四十五番札所・泉蔵院の裏山にありました。泉蔵院の展望台の裏に観音様が安置されていますが、その横から一色城に登る事ができます。
ですが、中は竹藪になっており、進む事ができませんでした。
私の感想ですが、一色城は地形と立地が興味深い城だなと思いました。
その理由は、まず西側に突き出た舌状の山の先端に位置しており、これを逆に見ると西側は海に守られたお城という事が分かります。
あと展望台からは北、西、そして少し南を見渡すことができ、もしここに物見櫓みたいなものがあれば、周辺の様子がよく分かったのでしょう。
藪の中には奥深く入る事ができませんでしたが、この立地と地形だけでもお城を偲ぶ事ができると思います。
展望台は泉蔵院から登る事ができます。まだ階段の途中ですが、これだけ高くなっているんです。
この高低差もお城には必要だったのでしょう。
愛知県中世城館跡調査報告W 知多地区より
作図者 高田徹 氏
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