岡崎城

(おかざきじょう)

 お城の歴史 

 徳川家康が生まれたお城として有名な岡崎城。しかし岡崎城を築いたのは
徳川氏でもその前身・松平氏でもありません。

岡崎城は室町時代中期の三河守護代・西郷稠頼(つぎより)が康生元年
(1455)に築いたと伝わります。つまり応仁の乱以前のお城なんですよね。

しかし、代々西郷氏の居城でしたが、加茂郡松平(現・豊田市)から急速に
勢力を拡大してきた『松平氏』に圧迫され、遂に西郷氏は岡崎城を松平氏に
譲ることになってしまいます。

そのころの松平氏の本拠は安祥城(現・安城市)で、松平氏が岡崎城を本拠と
するようになったのは、家康の祖父・清康の時からです。

しかし清康が【守山崩れ】で暗殺され、その息子(家康の父)・広忠も刺客の
手にかかり非業の死を遂げる等で、岡崎城と三河は大混乱、結局、岡崎城
と三河は駿河の今川氏のものとなってしまいます。



しかし永禄三年(1560)、桶狭間で義元が討ち死にすると、松平元康(徳川
家康)が今川氏から離れ、岡崎城で独立します。

そして元亀元年(1570)、家康が浜松城へ移ってからは、家康の嫡男・信康が
城主となり、信康死後は石川数正、本多重次が城代として配置されました。



天正十八年(1590)に家康が関東移封された後は、豊臣恩顧の家臣・田中吉政
が入城。

江戸時代は本多氏、水野氏、松平氏が城主となり、明治を迎えます。

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【所在地】  岡崎市康生町   【築城者】  西郷稠頼
【立地】 平城   【主な城主】  西郷氏・松平氏
 石川氏・本多氏・
 水野氏
【築城時期】  康生元年(1455)   【現状】  城史公園
地図

 縄張り図 

愛知県中世城館跡調査報告U三河地区より