古木江城 | 織田信長の弟・織田七朗信興の居城
愛知県愛西市(旧立田村)の古木江城跡は、戦国時代に織田信長の弟・織田七朗信興が居城したお城です。小木江城とも。
歴史
古木江(こきえ)城は、小木江城ともいわれるお城で、西側の伊勢長島一向宗徒との戦いの拠点として、築かれたお城でした。
元亀元年(1570)古木江城は、長島本願寺門徒や弥富の服部党に包囲されました。
六日間戦いましたが、守備兵が少なくやがて城内に敵兵が侵入。
城主・織田信興は櫓に上がり自害したと信長公記に記されています。
しかし地元の伝承では、信興は城外で討ち死にしたとの事です。
なお【張州府志】では、この戦いについて、古木江城とは別に古川城というお城がありそこで信興が討ち死にしたとしていますが、【尾張志】では古川城説を否定しています。
感想
古木江城は現在蓮田になり、お城の一角にあったといわれる富岡神社に古木江城を示す、石碑と看板があります。
目印は、道の駅・立田ふれあいの里です。川の向かい側の神社が古木江城跡です。
この地は伊勢(三重県)との国境(現在では県境)に近く、長島もすぐ側なので、地図を見ていても、当時の地理・勢力が伝わってくる場所です。
私の感想ですが、古木江城は長島一向宗徒に備えるべく築かれたお城だったので、築城当時西側備えていたわけですが、そう考えると古木江城の西に流れる鵜戸川が天然の堀に思えてなりません。
また、現在富岡神社がある場所は、周辺の蓮田よりも一段高く、見方によっては、かなりお城の雰囲気が残る場所でもあります。
富岡神社の境内にある石碑と看板。
古木江城跡周辺には蓮田が広がっています。
かつては湿地帯に囲まれたお城だったのでしょうか?
富岡神社は周囲の蓮田より一段高いです。
西側を流れる『鵜戸川』。長島の方向にあるので、備えの為の堀だったのでしょうか?
関連ページ
- 愛知県愛西市の詳細不明のお城まとめ
- 愛知県愛西市の詳細不明のお城跡をまとめてみました。今後の研究で何かわかると良いですね。
- 大野城 | 小牧長久手合戦で徳川方の山口重政が守ったお城
- 愛知県愛西市の大野城跡は、天正十二年(1584)年の小牧長久手合戦で徳川方の山口重政が守ったお城です。
- 西保城 | 織田信長の弟・織田信包の居城となったお城
- 愛知県愛西市の西保城は、織田信長の弟・織田信包の居城となったお城です。
- 十二城 | 戦国時代以前にこの地を治めた板垣冠者兼信の居城
- 愛知県愛西市の十二城は、戦国時代以前にこの地を治めた板垣冠者兼信の居城といわれています。この記事ではそんな十二城の詳細と現地レビュー、そして私の感想をかいたものです。
- 石田城 | かつての立田村にあった詳細不明のお城跡
- 愛知県愛西市の石田城は、かつての立田村にあった詳細不明のお城跡ですが、堀の遺構が残っています。そんな石田城の現状レビューと感想を書いた記事です。
- 早尾東城 | 大橋源三右衛門が築き後に橋本大膳が居城したお城
- 愛知県愛西市の早尾東城は大橋源三右衛門が築き後に橋本大膳が居城したお城です。そんな早尾東城の現地レビューと感想を書いた記事です。
- 赤目城 | この地に勢力を持っていた横井氏の居城
- 愛知県愛西市の赤目城は、この地に勢力を持っていた横井氏の居城です。この記事では赤目城の現地レビューと感想を書いてみました。